この記事の結論
- 禁止事項だけの規程は読まれず、各自の解釈で抜け道が生まれる
- 使ってよい範囲を具体例で先に示すと、迷ったときに相談が来るようになる
- 一枚に収め、業務委託にも配れる形にすることが定着の条件になる
生成AIの社内ルールを作ろうとすると、多くの場合は禁止事項の一覧ができあがります。顧客情報を入力しない、個人情報を入力しない、機密情報を入力しない。書いてあることは正しいのですが、この形の文書はほぼ守られません。
理由は単純で、読んだ人が知りたいことが書かれていないからです。現場が知りたいのは「では何なら使っていいのか」であり、それが書かれていなければ各自の解釈で判断することになります。ここでは、実際に守られるルールの作り方を手順として示します。
手順1: 対象と目的を決める
最初に決めるのは、誰に向けた文書かです。正社員だけを想定して書くと、業務委託や副業のメンバー、インターンに渡せる形になりません。実務では、こうした立場の人が最も判断に迷います。
目的も一文で書いておきます。「生成AIを安全に業務で活用するため」といった趣旨で構いませんが、禁止が目的ではないことを最初に示す意味があります。この一文があるかどうかで、読み手の受け取り方が変わります。
範囲も明示します。業務で使うすべての生成AIサービスが対象なのか、社内利用に限るのか、自社プロダクトへの組み込みは別扱いなのか。組み込み開発は設計上の判断が多く含まれるため、社内利用のルールとは分けたほうが実用的です。
手順2: 使ってよい範囲を具体例で書く
ここがこの文書の中心です。抽象的な許可ではなく、社内で実際に起きている業務の名前で書きます。
- 議事メモの整形と要約(自分が書いたメモに限る)
- 公開済みの文章の誤字確認、言い回しの調整
- 一般的な技術的質問、調べものの取っかかり
- ダミーデータに置き換えた状態での不具合の相談
- 社外向け文章のたたき台づくり(人が確認してから送る)
- 表計算の数式や定型コードの生成
この一覧が具体的であるほど、載っていない用途について相談が来るようになります。逆に「業務効率化の範囲で利用可」といった書き方をすると、何でも入ると解釈され、相談が来なくなります。相談が来ない状態は、守られている状態とは違います。
想定例として、営業のメンバーが提案書の下書きにAIを使いたいと考えた場面があります。一覧に「社外向け文章のたたき台づくり」とあれば、そのまま進められます。一覧になければ、判断に迷って相談するか、黙って使うかのどちらかです。一覧の具体性が、この分かれ道を決めます。
手順3: 入力してはいけないものを書く
禁止の側は、データの区分で書きます。「機密情報」といった抽象語ではなく、自社で実際に扱っている資料の名前を使います。
本番データベースの中身、顧客からの問い合わせ本文、氏名や連絡先を含む一覧、取引先から預かった資料、未公開の事業計画、採用の選考記録、APIキーやパスワード。自社の実態に合わせて並べ替えてください。
ここで併せて書くのは、代わりの手段です。「顧客データは入力しない。分析が必要な場合はダミーデータに置き換えるか、担当者に相談すること」という形にすると、禁止が行き止まりになりません。代わりの手段が示されていない禁止は、抜け道を探す動機になります。データ区分の詳しい作り方は別の記事で扱っています。
手順4: 承認と相談の経路を決める
判断に迷ったときに誰に聞くかを、名前か役割で書きます。「上長に相談」では、上長も判断できないことがあります。窓口を一つに決めておくほうが、判断の一貫性が保てます。
決めるのは三点です。新しいAIサービスを使いたいときの申請先。入力してよいか迷ったときの相談先。誤った出力が外に出てしまったときの報告先。この三つは別の人でも構いませんが、文書に書かれていることが重要です。
アカウントの扱いも併せて決めます。法人契約のアカウントを使うこと、個人の無料アカウントで業務を行わないこと、退職や契約終了時にアカウントを停止すること。これはセキュリティの基本項目と同じ扱いになります。
手順5: 一枚に収めて配る
分量は意識して抑えてください。目安として、A4で一枚から二枚です。長い文書は読まれず、読まれない文書は守られません。
配り方も決めます。入社時と業務委託契約時に渡す。社内の共有ドキュメントの分かりやすい場所に置く。更新したら全員に通知する。この三つを決めておけば、「知らなかった」という状況を減らせます。
説明の機会も一度設けることをおすすめします。文書を読むだけでは、なぜその線引きなのかが伝わりません。三十分の説明で、禁止の理由と相談の歓迎を伝えるほうが、文書を厳密にするより効果があります。
手順6: 使われ方を見て見直す
作った時点が完成ではありません。半年を目安に、次の点を確認します。
相談として上がってきた事例を、許可の一覧か禁止の一覧に追記できないか。使っているサービスが増えていないか。許可の範囲が狭すぎて、現場が困っていないか。実際に起きたヒヤリとした事例はないか。
見直しで最も効果があるのは、相談事例の追記です。誰かが迷った論点は他の人も迷います。事例をルールに戻していくことで、文書が現場の実態に近づきます。
守られないルールを見つけたときは、違反として扱う前に理由を確認してください。多くの場合、ルールが業務に合っていないか、代わりの手段がないかのどちらかです。ルール側を直すほうが、結果として安全になります。
許可から書くと運用が回る
ここまでの手順は、一つの考え方に集約されます。ルールの役割は行動を止めることではなく、判断を揃えることです。使ってよい範囲が具体的に示されていれば、現場は迷わず動けますし、範囲外のことは相談してくれます。
少人数の組織ほど、この文書の費用対効果は高くなります。一枚の文書を作る手間で、個別の判断に使う時間と、判断のばらつきから生じるリスクの両方が減るためです。AI活用開発や開発チーム体制構築・内製化支援で、ルールの整備を含めて相談したい方はお問い合わせください。
本記事は一般的な情報であり、個別の事案は専門家・所管官庁にご確認ください。
チェックリスト
- ルールの対象に業務委託・副業メンバーが含まれている
- 使ってよい用途が具体例で3つ以上書かれている
- 使ってはいけないデータが具体的に書かれている
- 判断に迷ったときの相談先が明記されている
- 使用するサービスとアカウントの申請方法が決まっている
- 文書が一枚に収まり、入社時に配布されている
- 見直しの時期と担当者が決まっている
よくあるご質問
社員が10人以下でも規程は必要ですか
分量を抑えた形であれば作る価値があります。人数が少ないほど口頭で共有されがちですが、業務委託や新しく入った人には伝わりません。一枚の文書にしておけば、入社や契約の際に渡すだけで済みます。
生成AIの利用を全面的に禁止するのは有効ですか
実務上はおすすめしにくい方針です。禁止しても手元の個人アカウントで使われ、会社がその使用を把握できなくなるためです。把握できない利用のほうが、ルールの下で行われる利用よりリスクが大きくなります。
ルールを作っても守られない場合はどうすればよいですか
守られない理由を確認してください。多くの場合、ルールが業務の実態に合っていないか、代わりの手段が示されていないかのどちらかです。違反を責める前に、許可されている範囲が狭すぎないかを見直すほうが効果があります。
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