この記事の結論
- 削減時間×単価の計算は、削減された時間が他に使われて初めて成立します
- 実務では「これまでやらなかった仕事が生まれたか」のほうが観察しやすい指標です
- 測る項目は導入前に決め、導入後に都合よく選び直さないことが前提です
AI導入の効果を説明する場面で、最もよく使われるのが「削減できた時間 × 人件費単価」という計算です。分かりやすく、資料にも載せやすい。しかしこの計算を現場に持っていくと、説明を受けた側が納得しないことがよくあります。
本記事では、なぜこの計算が通らないのか、代わりに何で測るべきかを整理します。
削減時間×単価が通らない理由
この計算が成立するのは、削減された時間が別の価値を生む活動に使われた場合だけです。ここが抜けていると、計算は実態と離れます。
時間は他の作業に吸収される。 一日30分が浮いたとして、その30分は多くの場合、それまで後回しにしていた別の作業に充てられます。忙しさは変わらず、費用も減りません。実感として「楽になった」はあっても、損益には現れません。
人件費は減らない。 人員を減らさない限り、人件費は固定されたままです。「年間で何百万円分の工数削減」と資料に書かれていても、その金額がどこにも現れないことを、現場も経理も分かっています。
削減前の数字が曖昧である。 「この作業に30分かかっていた」という前提自体、多くの場合は記憶に基づく推計です。導入後の時間だけを丁寧に測り、導入前を大きめに見積もれば、効果はいくらでも作れます。この非対称性に気づいている人は、数字を信用しません。
削減されていない時間が加わっている。 出力を確認する時間、指示文を調整する時間、うまくいかなかったときにやり直す時間。これらは新たに発生していますが、削減の計算には含まれないことが多くあります。
つまり、この計算は嘘ではないものの、何も証明していません。説明を受けた側が納得しないのは当然です。
「やらなかった仕事が生まれたか」で測る
代わりに提案したい観点は、「これまでやっていなかった仕事が新しく生まれたか」です。
時間が浮いても忙しさが変わらないのは、既存の作業に吸収されるからです。しかし、明確な変化が起きる場合があります。それは、これまで手が回らずに諦めていた仕事に着手できるようになったときです。
具体的には、次のような変化です。
- 問い合わせへの返信が翌日から当日になった
- 提案書を、これまで出せなかった規模の案件にも出せるようになった
- 月次でしか見ていなかった数字を、週次で見るようになった
- 個別に対応していなかった顧客層にも、連絡を取るようになった
- これまで断っていた種類の依頼を、受けられるようになった
これらは、削減された時間が新しい価値に変換された証拠です。そして、時間の計測より観察が容易です。「以前は出していなかった提案を、先月は何件出したか」は数えられます。
この観点が優れているのは、経営の関心と一致している点です。経営者が知りたいのは工数が減ったかどうかではなく、事業として何ができるようになったかです。指標の絞り方についてはプロダクトのKPI設計とダッシュボードの考え方が参考になります。
判断の速さで測る
もう一つ観察しやすいのが、判断の速さです。
AIの活用で明確に変わりやすいのは、意思決定に必要な材料が揃うまでの時間です。長い資料を読む、過去の経緯を探す、複数の案件の状況を並べて比べる。こうした作業が短くなると、判断の頻度が上がります。
測り方は単純です。
- ある種類の判断に、依頼から結論まで何日かかっているか
- その日数が導入前後でどう変わったか
- 判断の回数が増えたか
判断が速くなることの価値は、案件によって大きく異なります。競合と提案が競合する事業なら大きく、そうでないなら小さい。この価値の大きさは自社の事業構造から判断してください。
測る項目は導入前に決める
どの観点で測るにせよ、最も重要なのは導入前に決めておくことです。
導入後に測る項目を選ぶと、良い結果が出た項目を選んでしまいます。これは意図的な操作でなくても起きます。人は成功した部分に目が向きます。
導入前に決めておくべきことは、次の三つです。
現状の記録。 対象の業務に今どれだけ時間がかかっているか、どんな仕事を諦めているか、どの判断が遅れているか。厳密でなくてよいので、文章で残します。
成功と判断する条件。 「週次で見られるようになる」「返信が当日になる」など、観察できる形で書きます。「効率化する」では判断できません。
やめる条件。 期限までに条件を満たさなければやめる、と決めておきます。決めていないと、成果が出ていなくても続けることになり、次の取り組みに移れません。
想定例:ある企業が、社内の問い合わせ対応にAIを導入した場面を考えます。導入から三か月後、削減時間の集計では月あたり相当の工数削減という数字が出ました。しかし現場からは「特に楽になっていない」という声が上がります。理由を確認すると、AIの回答をそのまま使える問い合わせは全体の一部で、残りは従来通りの対応が必要でした。一方で、これまで数日かかっていた回答が当日中に返るようになり、他部署からの評価は上がっていました。この企業は指標を「削減工数」から「当日中に回答できた割合」に変更し、以降の判断はその数字で行っています。
担当者が続けたいと言うか
最後に、数値よりも先に見るべき指標があります。その業務を毎日やっている担当者が、続けたいと言うかどうかです。
これは主観的な指標ですが、実務ではよく効きます。効果のない仕組みを、現場が自発的に使い続けることはありません。逆に、数値に現れなくても担当者が手放さない仕組みは、何らかの価値を生んでいます。
判断の順序としては、まず担当者が続けたいと言うかを確認し、言うのであれば「何がよかったか」を聞き取って、それを観察できる指標に言い換える。この順序なら、実態と離れた数字を作らずに済みます。
逆に、担当者が「使わなくてもいい」と言うのであれば、数値上の効果がどう出ていても、その仕組みは定着しません。撤退の判断は早いほど損失が小さくなります。向かない業務に当てていた可能性もあるため、AIを使わない方がいい業務の類型に該当していなかったかも確認してください。
効果は費用と同じ粒度で見る
効果を測る際は、費用の分類と対応させると判断がしやすくなります。費用の四分類はAI活用の初年度予算の組み方で整理しました。開発費のような一度きりの支出と、従量費や運用工数のような継続的な支出では、求める効果の性質が違います。継続的な支出に見合う効果が出ていなければ、二年目以降は成立しません。
弊社のAI活用開発では、評価の仕組み自体を納品物に含めることを基本としています。何をもって効果とするかの整理からご相談いただけますので、お問い合わせからご連絡ください。オンラインで全国に対応しており、ご相談・お見積りは無料です。
チェックリスト
- 導入前の状態を記録したか
- 何をもって成功とするか事前に決めたか
- 削減時間が何に使われたか追えるようにしたか
- 新しく生まれた仕事があるか確認する場を設けたか
- 担当者が続けたいと言うかを判断材料に含めたか
- 効果が出なかった場合にやめる条件を決めたか
よくあるご質問
経営会議で説明するには金額の効果が必要ですが、どうすべきですか?
金額に換算すること自体は否定しません。ただし、その金額が実際に損益計算書に現れる根拠まで説明できるかを確認してください。人員配置が変わる、外注費が減る、売上が増えるといった形で現れるなら金額の説明は成立します。現れないなら、時間の使い方がどう変わったかで説明するほうが誠実です。
効果が出るまでどのくらい待つべきですか?
案件により異なりますが、立ち上がり期間には従来より時間がかかることもあります。少なくとも慣れるまでの期間を見込んだ上で判断してください。ただし、期限を決めずに待ち続けるのは別の問題です。判断の時期は導入前に決めておきます。
定量的に測れない効果は考慮してよいですか?
考慮してよいものと、そうでないものがあります。「担当者の負担が減った」は観察できるので考慮できます。「将来的な競争力」のような検証できない効果は、判断の根拠としては弱いものです。観察できる形に言い換えられるかどうかを基準にしてください。
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監修: フィリット・コンサルティング株式会社公開