この記事の結論
- 市場リサーチは仮説を言語化してから始め、最も危険な仮説を優先して確かめる
- デスクリサーチで市場の構造と代替手段を把握し、一次調査で顧客の実態を確かめる
- 結果は仮説ごとに仕分けし、進む・変える・止めるの判断に必ず結びつける
新しい事業を始めるとき、「この市場に本当に需要があるのか」「自分たちの仮説は正しいのか」という問いに、感覚ではなく根拠をもって答える必要があります。市場リサーチはそのための手段ですが、スタートアップには大規模な調査を行う時間も予算もありません。大切なのは、限られた資源で「いま意思決定に必要な情報」だけを効率よく集めることです。
本記事では、仮説の言語化から始めて、公開情報を使ったデスクリサーチ、顧客に直接聞く一次調査、結果の統合と意思決定への反映までを、手順として整理します。
ステップ1:検証したい仮説を言語化する
リサーチの前に、何を確かめたいのかを文章にします。「市場を調べる」という漠然とした目的では、集めた情報が散らばり、結局判断につながりません。仮説は「誰が」「どんな状況で」「何に困っていて」「どうすれば解決するか」の形で書くと、後の調査設計がしやすくなります。
このとき、顧客像をペルソナ(代表的な顧客像を具体的な人物として描いたもの)として仮置きしておくと、チーム内で議論する対象がそろいます。ただし、この段階のペルソナは検証前の仮説にすぎません。調査の結果で書き換える前提で、あえて粗く作っておくのが現実的です。
仮説は複数出てくるはずです。そのうち「外れていたら事業そのものが成り立たない」ものから優先順位をつけます。優先度の高い仮説ほど、早く、安く、確かめる価値があります。
- 顧客仮説:困っているのは誰か
- 課題仮説:その困りごとは本当に深刻か
- 解決策仮説:自分たちの提供方法で解決できるか
- 収益仮説:対価を払う理由と払う人がいるか
ステップ2:デスクリサーチで全体像をつかむ
デスクリサーチは、机の上で集められる情報から市場の構造を理解する作業です。目的は、一次調査に進む前に「聞くべきこと」と「聞かなくてよいこと」を切り分けることにあります。
公開情報
官公庁の統計、業界団体の資料、上場企業の開示資料、業界メディアの記事などが主な情報源です。ここで市場規模を考えるときは、数値そのものより「どれだけの人に、どんな頻度で、どれくらいの単価が成り立つか」という掛け算の構造を組み立てることを重視します。構造が言葉で説明できれば、あとから前提を差し替えて見直せます。逆に、出所の異なる数値を寄せ集めて一つの大きな数字を作っても、意思決定にはほとんど役立ちません。
競合
同じ課題を解いている事業者を洗い出し、料金体系、対象顧客、訴求している価値、提供方法を一覧にします。競合が多いことは需要がある証拠でもあり、単純に避ける理由にはなりません。見るべきは「競合が取りこぼしている顧客層や場面」です。
代替手段
見落とされがちなのが、顧客が今どうやって課題をしのいでいるかという視点です。表計算ソフトや紙、人手、既存サービスの流用など、専用のサービスがなくても課題は何らかの形で処理されています。この代替手段こそが実質的な競合であり、乗り換えてもらうには「今のやり方より明確に楽か、安心か、速いか」を示す必要があります。
ステップ3:一次調査で顧客の声と行動を集める
デスクリサーチで分かるのは市場の輪郭までです。仮説の核心である「顧客が本当に困っているか」「対価を払うか」は、顧客に直接触れる一次調査でしか確かめられません。ここで用いる手法はUXリサーチ(利用者の行動や課題を調べる調査手法の総称)と重なる部分が多く、目的に応じて使い分けます。
| 手法 | 得意なこと | 注意点 |
|---|---|---|
| インタビュー | 課題の背景や感情、判断の理由を深く知る | 誘導質問を避け、過去の事実を聞く |
| アンケート | 傾向や優先順位を広く把握する | 設問設計次第で結果が大きく変わる |
| 観察 | 本人が言語化していない行動を知る | 時間がかかるが発見が大きい |
インタビューでは「このサービスがあったら使いますか」と聞かないことが重要です。人は将来の行動を楽観的に答えがちだからです。代わりに「最近その課題で困ったのはいつで、何をしましたか」と過去の行動を尋ねると、実態に近い答えが得られます。
アンケートは、インタビューで見つけた論点が広く当てはまるかを確かめる用途に向いています。順序としては、まずインタビューで論点を発見し、その後にアンケートで広さを確認する流れが無理がありません。
観察は、業務系のサービスで特に有効です。現場の作業を見せてもらうと、本人が「困っていない」と言っていた工程に手戻りや二重入力が潜んでいることがよくあります。オンラインでの画面共有でも、十分に多くの発見が得られます。
ステップ4:結果を統合し、仮説を更新する
集めた情報は、仮説ごとに「支持する証拠」「否定する証拠」「判断できない」に仕分けします。インタビューの発言をそのまま並べるのではなく、複数の人に共通して現れた行動や言葉に注目すると、個人の意見と市場の傾向を区別できます。
ここで、ステップ1で仮置きしたペルソナを書き換えます。想定していた顧客像と実際に困っている人がずれているケースは珍しくありません。ずれが見つかったこと自体がリサーチの成果であり、早い段階で分かれば軌道修正の費用は小さく済みます。
また、否定的な証拠を軽視しないことが大切です。チームが思い入れを持っている仮説ほど、支持する証拠だけを拾いがちになります。あらかじめ「この結果が出たら仮説を捨てる」という基準を決めておくと、判断が感情に引きずられにくくなります。
ステップ5:意思決定に反映し、次の検証へつなぐ
リサーチの目的は、レポートを作ることではなく判断することです。結果をもとに、進む・方向を変える・止めるのいずれかを明確に決めます。判断できない場合は、足りない情報が何かを特定し、次のリサーチの問いに落とし込みます。
進むと決めた場合、次の検証手段はMVP、つまり必要最小限の機能で顧客の反応を確かめる試作品になります。リサーチで確かめられるのは「課題が存在すること」までで、「解決策が受け入れられること」は実際に使ってもらって初めて分かるからです。この段階では、開発の前に紙やクリック可能な試作で反応を見る方法もあり、UXデザインの領域と連続しています。
想定例:飲食店向けの発注管理サービスを検討していたチームが、デスクリサーチで競合の多さを確認したうえで、店舗オーナーへのインタビューを行いました。当初の仮説は「発注作業の手間」でしたが、実際に繰り返し語られたのは「複数の仕入先との連絡が電話とファックスに分かれていて確認漏れが起きる」という課題でした。チームは仮説を「連絡手段の一元化」に更新し、発注機能を後回しにして連絡の集約だけを試作する方針に切り替えました。
危険な仮説から順に、小さく確かめる
スタートアップの市場リサーチは、仮説を言葉にし、デスクリサーチで全体像と代替手段を把握し、一次調査で顧客の実態を確かめ、結果を統合して判断に反映する、という循環です。一度で完璧な答えを得ようとせず、最も危険な仮説から順に小さく確かめていく姿勢が、限られた資源を活かす近道になります。
フィリット・コンサルティングでは、市場リサーチの設計から一次調査の実施、その後のプロダクト検証までを一貫して支援しています。仮説の整理からご一緒したい方は、お問い合わせよりご相談ください。
チェックリスト
- 検証したい仮説を「誰が・どんな状況で・何に困り・どう解決するか」の形で書いたか
- 外れたら事業が成り立たない仮説から優先順位をつけたか
- 競合だけでなく、顧客が今使っている代替手段を洗い出したか
- インタビューで将来の意向ではなく過去の行動を聞いたか
- 仮説を捨てる基準を調査の前に決めたか
- 調査結果をもとにペルソナを書き換えたか
- 次の検証手段(試作や MVP)を決めたか
よくあるご質問
市場規模はどこまで正確に出す必要がありますか?
初期段階では、数値の精度より「誰に・どんな頻度で・どんな単価が成り立つか」という構造を説明できることが重要です。前提を差し替えて見直せる形にしておけば、事業の進行に合わせて更新できます。
インタビューは何人に行えばよいですか?
人数より、同じ課題や行動が複数の人から繰り返し語られるかどうかが目安になります。新しい発見が出なくなったら、一度結果を整理して仮説を更新し、次の問いに進む方が効率的です。
競合が多い市場は避けるべきですか?
競合が多いことは需要がある証拠でもあります。見るべきは競合が取りこぼしている顧客層や利用場面であり、そこに自社の提供方法が合うかどうかで判断します。
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関連用語: UXリサーチ、ペルソナ、MVP、プロダクトマーケットフィット
監修: フィリット・コンサルティング株式会社公開